書き書けたやつ消化

めんどくさくなって書けないので3つとも。下書きとして保存したくせにー。まあいいやー。いいもん。あー伊達巻たべたすー。

 

 

食べるものも飲むものなく、外は風寒し。狭い部屋と外気の差は無いに等しく、カビ臭い薄毛布を肩から被ってただ時の過ぎるのを待つばかり。
このくたばりぞこないの精魂尽き果てるのを部屋の隅でじーっと待ち構えている時間と空間の化け物。1秒過ぎ、空間に手を振り、食べるものも飲むものも無く、時間と空間の化身は、私の最後になるのを指をくわえて見ている。それは息を呑むほどコケティッシュで、撫でるような夕日と共にヴェートーベンの第九を運ぶ。

 

 何も書くモチベーションがわかないが、今日は書いてみようと決めているので、よく働かない頭を困らせながら携帯とにらめっこをしている。今画面が真っ暗になったら、あちこち走り回って気づいたら迷子になったいた子供のような下がり眉が拝めそうだ。自分の困った顔を鏡で見ることはあまりないが、別に見たくもない。
 でっかい動物はなにかと神聖化されやすい。クジラやゾウなんかはどっかの国で神様みたいな感じに扱われている。実際に見てみれば、その巨大なことに思わず息を飲んでしまう。デカすぎる。意味がわからない。人間の何倍もでかい動物を人間以上の存在と認め、崇め奉りたくなる気持ちは多分に分かる。大きさとは、ただそれだけで生物を異様な気持ちにさせる力があるのかもしれない。

 

一度しか話したことのないクラスメイトと饒舌に会話したり、ちらっとテレビで見かけた有名人が自分の家のトイレにいたり、興味もないスケボーを脇に抱えて歩道橋から景色を眺めていたり……
気づいたら汗びっしょりで、汗に気を取られている内にすっかり忘れてしまう夢
夢には眠りの中にみるものと、将来の展望図をさすものと2つあるが、僕にとっての夢は専ら前者である。

 

 

タカノリだけ夏休み

今日から夏休みだ。心がウキウキしているからかいつもより30分くらい早く起きることができた。母親が「あら、早いわねおはよう。」と卵焼きか何かを作りながら僕を見ないで言った。ゆっくり朝ごはんが食べられるのも嬉しい。

いつもはパンにジャムを雑に塗り牛乳で流し込んでいたな、と日々の慌ただしさを懐かしむ。しかしそんな特急ライフともしばしの別れだ。今日はご飯に味噌汁、卵焼きにシャケに漬物、そしてEテレ。しばらく見ない内に教育テレビも変わってきた。多少違和感もあるがそのうち慣れるだろう。時間はたっぷりある。

 

母親がパートに出掛けた。大人になると夏休みも無くなる。僕も大人になるなんて信じられないな。未来のことを考えて憂鬱になるも、まだ早い過ぎるのか全力で憂鬱になることはできなかった。とりあえずこの夏休みを楽しもう。

 

しかし暑い。夏休みを夏休みをたらしめる暑さだ。目も眩む暑さに追い討ちをかけるように様がギャン泣きしている。彼らは耳がついていないのだろうか。限られすぎた命、僕の夏休みより少ないその命を快適に過ごそうとする気持ちがないのか。僕だったら迷わず北へ行く。まあ、彼らにも彼らの事情があるのだろう。自分の考えを押しつけるのも良くない。

 

しかしこれでは宿題もはかどらない。乱雑に置かれたドリルやら読書感想文用の原稿用紙やらを見るだけで嫌になってしまう。今日はこのまま置いておくだけにしようかしら。目を細めてみればこの配置もなかなか芸術的かもしれない。斜めに置かれたドリルたちが太陽の光を目一杯反射している。ベンチっぽく見えてきた筆箱に腰を下ろせば、気分はワイキキビーチかもしれない。算数のドリルは海だ。原稿用紙の砂浜は些かリアルにかけるがそれも味だ。しわを作ってリアルに近づけようとしたところで我にかえった。

 休憩しようと、麦茶、あんこまんじゅうを食べてからは記憶がない。眠ってしまっていたみたいだ。母さんも帰ってきているようで、台所からまな板を叩く音が聞こえる。

今朝の決意を早速無駄にしてしまったと後悔している所に婆ちゃんがやってきて、坊ちゃん日記でも書きなさいなと勧めてきた。学校からも一言日記があるからといったのだが、婆ちゃんはうんや書きなさいなと譲らない。

夜ご飯ができた。唐揚げだ。今日は胸肉ではないらしい。柔らかいのが純粋に嬉しい。夜ご飯を食べている時も婆ちゃんは日記を書くことを勧めてきた。母さんは僕と婆ちゃんのやりとりを笑って見ていた。母さんはバランスよく食べるなと思った。真似してみたけど唐揚げが丸々一個余った。

お風呂に浸かっている時、そういえば婆ちゃんが僕に何かを勧めるのは初めてのことだなと気づいた。そう分かると日記には婆ちゃんも唸る不思議な力があるのかもしれない、書けばよりよい夏休みを過ごすことができるのでわないかと思えてきた。というか書かなければいけないような気がした。

急いで風呂を上がり婆ちゃんに日記を書いてみると伝えた。婆ちゃんはそりゃええそりゃええと笑ってくれた。僕は孝行な孫だ。

そういうわけで日記を書いたが婆ちゃんが熱心に勧めたわけはまだわからない。夏休みが終わる頃には分かるのかしら。

 

婆ちゃんの名前はトヨという。いやカタカナって……

あんとぅーずぃあざむ

何かにはまっている時間というのは実に幸せな期間で、折に触れて自分のブームについて思いを馳せてしまう。

私はいつも熱しやすく冷めやすくではまったと思えば飽き、暇になったかと思えば何かにはまっている。

今はちょうどその谷間にいて、ぶっちゃけとても暇だ。

暇だ、と今さっき1人呟いてしまいああ、俺は暇だ、可哀想、と自己憐憫を投げかける。

好きなことを見つけた嬉しさと比例して悲しくなってくる。

浅く広い知識がどんどん増えていく度に少し寂しくなっている自分がいる。

なにか1つのことに胸いっぱい打ち込むことの楽しさを僕はまだ知らないんだ。

長年何かに打ち込んできた人の情熱を考えると、その圧力で押しつぶされてしまいそうだ。情熱、なんと素敵な言葉だろう。これを持っている人の人間としての軸の丈夫さったらない。情熱を持っている人は挫けない。情に熱がこもってちょっとやそっとの冷静さでは冷めることがない。イチローのやつはガラス細工的なやつを作る時につかうあれくらい熱い。冬でも快適を通り越して過ごすことができない。ロシア人も全裸だ。ロシア人の女は可愛い。

それに引き換え俺の情ときたらまさに情なくてどっかのリサイクルセンターでかったファンヒーターみたいなものだ。これでは冬は越せない。アフリカンも長袖を着る。俺も長袖をきる。

嫌いになったわけでもないのに自然と足が遠のいていく寂しさをイチローは知っているのだろうか。そんな腐った女みたいな感情分かりたくもないのだろうか。1つの好きなものが自分の中にあり続ける幸福の中で生きて、胸いっぱい努力を重ねてきたイチローに嫉妬の念を抱く私はやはり卑屈だ。イチローは犬を飼っている。

まるでブームの方から去っていってしまったかのような物言いにああ情けない。やれ無神経と己を攻め始めている。

二ヶ月間くらいずっと蕎麦を食べ続けてきたことを思い出した。

同じ曲ばかりずっと聞いてしまう。飽きればほとんど聞かなくなる。

ある期間を過ぎるとチェンジするかのように友達が変わっていった。

時代は常に形を保たず移ろい変わっていくものである。諸行無常も無情な私の時代は色すなわちこれ空なりなのだなと空っぽな自分の情を見つめて思う。

これから先もたくさん色んなものを好きなっては飽きていくのだろうか。何か1つのものに出会えるのだろうか。良いところは探せば不思議と見つかるもので一筋木漏れ日を見つければ好きになってしまう。悪いも然りだが、表裏一体な物事の大海の中で快適に泳げればいいのだと思う。

 

イチローは野球。イチローは犬を飼っている。俺はボーダーコリーが飼いたい。

 

 

南沢奈央

南沢奈央、26歳、女優

3日位前に彼女の名前を知った。100分で名著をぼーっと見ながら伊集院光の噛み砕き具合に感心している時、ふと科学を勉強して見たくなった。

 

本を買うのもだるいなと、教養番組を探していたらサイエンスゼロを見つけた。

 

めんどくさくなったのでもうやめにしようかなというメンタルになっている

 

誰も見ることがないだろうこの文をスマホでちまちま売っているのは、ひょっとしたら死んでしまうくらいのものだ。

まだまだ死にたくないのに。

 

サイエンスゼロは最先端の科学をわかりやすく説明してくれる非常に楽しいかつ、為になる番組だった。

南沢奈央はこの番組で聞き手として可愛く活躍している。

とっても可愛くて聴き方も上手、頭に入っては抜けていく最先端の科学情報を尻目に、僕の脳内は南沢奈央でいっぱいだ。

気になって気になって仕方が亡くなってからでないとグーグルで調べることができない私も流石に調べてしまった。

26歳という外見とちょうどぴったりの年齢に心を打たれている間に公式サイトを見つけた。

なんとブログをやっていた。これは嬉しい。

あんなに科学の事を熱心そうに聞いていたのに、今度は自分の話までしてくれるのかという意味での嬉しさだ。

更新は月に一回程度だった。月に一回ブログを更新するなんて可憐だなと更新頻度まで褒めてしまっていた。

恐る恐る1番最近更新された日記を見る。

何故恐ろしいのか、好きなもの、好きになりそうなものを目の前にすると私は恐ろしくなるからだ。

湯船に浸かりながら僕は萌えていた。これが前というやつか。こんなに素晴らしいブログを書く人間がいたのかと胸にしみるほど素晴らしい。

読み応えたっぷりだが読みやすく面白い。日々起こる何気ない出来事を切り取って独自の感想を淡々と述べていくスタイルの可愛さ。

これが萌えなんだと思う。

 

湯船の表面がいつもよりキラキラしていた。

そんなこんなで影響されにされ、ブログまで始めてしまったのである。

こういうところは自分の良いところだと思う。好きな人の影響を受けまくり、好きな人だらけの自分になれたなら、何処か素敵だろうか、それとも哀しみだろうか。

南沢奈央には弟がいるらしい。とても羨ましい。